🚪 『バックルームズ』の語らせる設計が匿名掲示板の4行の文章を世界的現象に変えた。人が話題にする仕組みとは
2019年5月、家賃が払えずに実家へ戻っていた作家志望のブラック・オーガストが、匿名掲示板に1段落だけ書き込んだ。
気をつけないと、間違った場所で現実からすり抜けてしまう。行き着く先はバックルームズ。湿った古いカーペットの臭いと、単色の黄色の狂気と、蛍光灯が最大出力で唸り続ける音だけの場所
付いた返信はたった4件。本人はその後、スレッドを見に戻ることすらせず、ほぼ忘れていた。
7年後、その1段落を原作にした映画が世界で3億9,410万ドル(約591億円)を稼いだ。タイトルは「バックルームズ」。おそらくあなたも予告編ぐらいは目にしたかも。
今回の記事はその映画の話ではない。「バックルームズ」がどうやってネット上で無数の人たちを参加させ、ここまでの話題作りを成し遂げたのか、について。
これはあなたのニュースレターにも必ず応用できる題材だと思っている。
👯 もくじ
無料コンテンツ
- 🇬🇧 写真日記:ロンドンの下町
- 🎥「バックルームズ」を映画の感想だけで終わらせてはいけない
- 🚪 返信4件で終わるはずだった1段落
- 🔓 所有権を捨てた日に増築が始まった
- 🎮 16歳がノートPC1台で2週間2,000万再生
- 🐶 決して「公式」にしなかった
- 🕳️ 説明しない部分が誰かの想像力をかきたてる
- 🔍 20年の謎を無報酬のファンが解いた
- 🥝 頼んでいないのに専門誌が4誌も生まれた
- 🗂️ ネット上の話題は狙って起こせないが
有料コンテンツ
- 🗂️ 話題は狙って起こせないが <つづき>
- 📠 映画会社が個人の手口をそのまま再現
- 🎁 グッズが宣伝で、宣伝がグッズになる導線
- 🚧 現実の街に手がかりだけを置く
- 🌻 資産はIPではなく観客だった
- 🌽 7年間で実際に行われたことの一覧
🇬🇧 写真日記:ロンドンの下町
3ヶ月前にもロンドンに来たんだけど、また来た。ロンドンってなんかおもろいし。「もう都市は面白くない。やっぱり田舎がいいよねー」って人がいる。それは分かるんだけど、ロンドンのオモロさは失われていない。行く度に新しい発見があるし。
🎥「バックルームズ」を映画の感想だけで終わらせてはいけない
映画「バックルームズ」の数字は2つ
- 製作費: 1,000万ドル(約15億円)
- 世界興行: 3億9,410万ドル(約591億円)
要はビジネスとして大当たり。そして原作の使用料はゼロ。原典を書いた人物が権利を放棄しているので、払う相手が存在しない。
映画の公開後、ネットには感想が溢れていた。怖かった、たいしたことなかった、伏線がどうだった。私の映画の感想も「まーまー」。ただポイントはそこではない。
感想だけだと、上の2つの数字が何なのかは分からないままになる。安く作れたから儲かったのでもないし、宣伝がうまかったから当たったのでもない。
この作品は、公開された時点ですでに7年分の話題があった。作品が話題を作ったのではなく、7年かけて積み上がった話題の上に、あとから作品が置かれた。
ニュースレターを配信している人から見て価値があるのは、たぶんこのネット上の話題を作り上げたこと。なぜインセンティブもない大勢の赤の他人たちが7年も「バックルームズ」に話題を提供し続けたのか。
これは企画のサイズに関わらず使えると感じている。
🚪 返信4件で終わるはずだった1段落
2019年5月12日、4chanのオカルト板に「なんとなくおかしいと感じる画像を貼れ」というスレッドが立った。そこに貼られた1枚の黄色い部屋の写真に、別の匿名ユーザーが数行の設定文を足したのが冒頭の4行。
気をつけないと、間違った場所で現実からすり抜けてしまう。行き着く先はバックルームズ。湿った古いカーペットの臭いと、単色の黄色の狂気と、蛍光灯が最大出力で唸り続ける音だけの場所
If you're not careful and you noclip out of reality in the wrong areas, you'll end up in the Backrooms, where it's nothing but the stink of old moist carpet, the madness of mono-yellow, the endless background noise of fluorescent lights at maximum hum-buzz
書いたのはブラック・オーガスト。当時は作家志望だった。書いたのは数行だけで、続きは何も考えていなかった。返信は4件だけ。本人はスレッドを確認しに戻らず、自分の書いた文章が世界的な現象になっていることを、数年後にYouTubeのサムネイルを偶然見るまで知らなかった。
ポイントはこの後、ブラック・オーガストがとった次の行動にあった。
🔓 所有権を捨てた日に増築が始まった
2019年9月22日、彼は別のフォーラムで自分が書いたと名乗り出た。そして所有権を解放した。
決まっているのは「現実の外に出る」というテーマだけ。あとは全部自由。バックルームズは全員のものになった。それから起きたこと。
- 数日でRedditに転載され、専門板は2022年3月に15万7,000人を超えた
- FandomとWikidotに共同編集のwikiが乱立した
- 『Escape the Backrooms』『The Backrooms 1998』などゲーム化
ほとんどのクリエイターは権利を握ろうとする。名前を残し、公式を名乗り、勝手に使われたら訴える。ブラック・オーガストはその全部の逆をやって、1円も受け取っていない。
🎮 16歳がノートPC1台で2週間2,000万再生
「バックルームズ」の素材を拾ったひとりが、ケイン・パーソンズだった。この記事に出てくる主役は二人。原典の数行を書いて所有権を捨てたブラック・オーガストと、それを拾って世界に広げたケイン・パーソンズ。2人は共作者でもなく、面識すらない他人同士。
- ブラック・オーガスト:原典を投稿した人物
- ケイン・パーソンズ:世界に広めたクリエイター
ケインは2005年6月18日にカリフォルニア州ペタルーマで生まれ、父親はVFXアーティスト、母親はセラピスト。11歳頃からノートパソコンでVFXソフトを独学した。高校在学中、「The Backrooms (Found Footage)」をYouTubeに投稿。当時16歳。
- BlenderとAdobe After Effectsのみ
- ノートパソコン1台
- 制作期間は約1ヶ月
- レンダリング後にVCRを通し、VHS特有のノイズと発色を作った
結果は48時間で100万から700万再生、2週間で2,000万再生。2026年9月時点で9,400万再生を超えている。
すでに何千人も触っていた素材を、高い完成度で公開した。本人も、当時のバックルームズ作品に高品質なものは存在しなかったと語っている。
これはケインの初挑戦ではない。2020年から2021年にかけて、彼は『進撃の巨人』を戦争の記録写真風に見せるファンフィルムを作っている。他人の題材に自分の形式を乗せる練習を、すでに2年やっていた。
これは「自分だけの題材を見つけないと勝てない」という思い込みの反証になっている。すでに何千人が触っている題材でも、丁寧に作り込むことで成功できることが示されている。
🐶 決して「公式」にしなかった
シリーズは全25話で累計1億9,700万再生。チャンネル登録者は363万人、総再生は4億200万回に達した。第12回ストリーミー賞でCreator Honorを受賞している。
ここまでの規模になっても、彼は自分の作品を公式とは主張しなかった。自分のはただのバックルームズの一つの物語で、公式なんて存在しない。
公式を名乗らなかったこの期間に、彼の設定を使った動画とゲームとwikiが増え続けた。そして他人が作ったものが、結果として彼のシリーズへの入口になっていった。
自分の型をマネされたら「おい!それは俺のだ!マネするなよ!」と言いたくなるかもしれない。でも、それをすると入り口が減る、話題が減る。
2022年、ケインの元にスタジオ側から連絡が来るようになった。ケインは17歳で映画スタジオとオプション契約を結び、翌2023年2月に映画化が正式発表された。
画像の引用元:https://a24jp.com/films/backrooms/
🕳️ 説明しない部分が誰かの想像力をかきたてる
彼が単発のホラー動画から連載型の世界観へ転換したことが、最大の分岐点になった。
僕は自分の作品を、解説動画が成立するように設計した
I engineered my stuff to work on a recap level
作ってから解説されたのではなく、解説される形を先に決めていた。
具体的に置いたのが架空の研究機関、アシンク研究所。
- 1983年に物理学者ローレンス・アルトマンが設立したという設定。当初はMRI装置の開発企業
- KV31部門が「低近接磁気歪曲システム」を開発
- 1982年7月2日、試験中に時空へ一時的な裂け目ができる
- 1989年10月17日、恒久的なゲート「Threshold」が開通する
- 1990年2月3日、探索チームが干し草状の生物に覆われた遺体を発見する
固有名詞と日付だけを大量に置いて、その間を一切説明しない。すると空白が残る。考察動画もまとめ記事もwikiも、全部その空白があるから誰もがその空白を埋めようとした。
情報を出し切らない絶妙なやり方がハマった。
🔍 20年の謎を無報酬のファンが解いた
原典の黄色い部屋の写真は、20年以上も出所不明のままだった。それを2024年5月、バックルームズ専門のDiscordコミュニティが自力で特定した。
使ったのは4chanの古いアーカイブと、画像のハッシュ値。そこに2019年に投稿されていた1本のツイートを重ね、Wayback Machineで裏を取った。消えたウェブサイトを過去の状態で保存している無料のサービス。数人が分担して掘り進めた。
判明したのはこれ。
- 場所はウィスコンシン州オシュコシュ、807オレゴン・ストリート
- 元は1990年代に閉店した家具店。2002年にボブ・マッツァがラジコン店の移転先として購入した
- 撮影日は2002年6月12日。マッツァの友人が改装の記録用にソニーのカメラで撮った
- ファイル名はDsc00161.jpg。店のサイトに上がったのは2003年3月2日
誰も依頼していないし、報酬も出ていない。数年分のアーカイブを調べるという、普通なら金を払わないと誰もやらない作業を、ファンが勝手にやり遂げた。
ここまで来ると宣伝ではなく、もう自分たちの調査になっている。素材が誰のものでもない状態になると、こういう労働を無償で引き受ける人が現れる。
🥝 頼んでいないのに専門誌が4誌も生まれた
映画公開の前後、同じバックルームズを扱いながら、まったく違う商品を作ったニュースレターが4誌あった。もちろん誰にも頼まれていない。
- The Backrooms Online:この怪談だけを追い続ける専門誌。2025年7月31日創刊
- The Harperverse:作品ではなく宣伝を解剖した分析誌。反応の数を自分で1つずつ数えている
- Garbage Day:ネット文化専門で週3配信。バックルームズ単体ではなく「ネットホラーの主流化」というジャンル論に置いた
- TRIPTK Codex:ブランド会社が出す企業向けの月刊。リミナル空間(誰もいない深夜の廊下やプールのような、通り過ぎるためだけの場所)の不気味さを、自社顧客の言葉に翻訳した
ティザー画像1枚で1本の記事を書く人が現れ、撮影現場だったラジコン店が閉じる時にその最期を看取る記事を書く人まで現れた。
たぶんこれが集客の本体。広告費を出して書いてもらったのではなく、勝手に書きたくなる人が出てきた。金を払って作られた記事と、勝手に作られた記事では、読者の反応がまったく違う。
🗂️ ネット上の話題は狙って起こせないが
ネット上の話題は、起こそうと思って起こせるものではない。
2019年5月のあの板には、同じ日に何千本と投稿があった。残ったのは1本。バックルームズ風の動画も、ケインが投稿した2022年1月の時点ですでに大量に存在していた。伸びたのは彼の1本だけ。
私もニュースレターを続けていて、人気の記事を事前に言い当てられたことなんて1度もない。「これはイケる!」と思って配信した記事がスベるし、「これで大丈夫かいな」と心配しながら配信した記事がバズる。そして話題は基本的には起きない。それが普通の状態。
その上で世界中のネットで話題になった側の事例を並べると、共通して残っている条件がいくつか見つかる。効くかどうかは分からないが、やっていなければ確実に起きない、という種類の話。
条件その1 読んだ時点で閉じきらない
多くの発信は、読み終わった時点で完結するように作られている。結論まで書き、疑問を残さず、きれいに閉じる。書き手として誠実な仕事。ただ閉じた文章には、他人が足せる余白が残らない。
バックルームズの原典は数行しかなく、続きが決まっていなかった。ケインの年表は日付だけで間が空いていた。どちらも未完成のまま公開されている。その空白に、何万人もの他人が勝手に続きを作った。
無料コンテンツはここまでです。残りの2つの条件は有料コンテンツにて。
以下の有料コンテンツでは、残りの手口を最後まで並べます。映画会社が1,000万ドル(約15億円)未満の製作費でやったこと。
そしてケインが20歳で手にした6,500万ドル(約97.5億円)規模の契約が、何に対して支払われたのか。
最後に、7年間で誰が何をしたのかを1つの一覧にまとめた。原作者、16歳の作り手、無報酬のファン、映画会社。確認できた手口を全部そこに並べた。
有料コンテンツ
- 🗂️ 話題は狙って起こせないが確率は動かせる <つづき>
- 📠 映画会社が個人の手口をそのまま再現した
- 🎁 グッズが宣伝で、宣伝がグッズになる導線
- 🚧 現実の街に手がかりだけを置いた
- 🪙 資産はIPではなく観客だった
- 🧮 数えただけの男が引用される側に回った
- 🧾 7年間で実際に行われたことの一覧
- 🌹 この一覧から個人が真似できる6つ
| ここから先は有料コンテンツです |
| |
| この続き:3142文字 / 画像3枚 |
6,500人以上の方達が購読中
いつでも購読解除可能です