第6号目の今回はあるアーティストが発行するアート系のニュースレターを事例としてとりあげた。月間の売上げ額は約150万円。みなさんのイメージでアートに関わる人達に対して「なんか経済的にキビしそう」と思っていないだろうか。私はそう思っていた。しかしニュースレターを分析してみると、いわゆる「儲かりそうにない」の代名詞であるアートであってもわりと経済的に有利な立場に導くことができることが分かってきた。
そのポイントは「コンテンツを売らないこと。その代わりに●●を売ること」になる。
このニュースレターはコンテンツのクリエイター、自分のファンを得たい人、課金モデルを成り立たせたい人に向けて書いている。
個人でニュースレターの運営に成功している例を毎回ひとつとりあげ、そのコンテンツを徹底的に調べてビジネスモデルの仕組みから、なぜそんなにウケているのか、を独自分析してレポートする。あなたがクリエイターの方ならとても参考になるはず。
ドイツのベルリンに住んで数年になる。ヨーロッパの中でも特にベルリンはアーティストに対する理解と支援がある街になっている。街には多くの美術館、博物館が点在しているし、アーティストに対する経済支援的な制度も多くある。例えば数年前にコロナ渦が始まった際に経済的に困窮してしまったアーティスト支援が真っ先に決まった。
アートが街の人々にとって欠かせないモノという認識があるからだろう。
そうした街の姿勢の素晴らしさはいいとして、その反面それは「アーティストがそれだけでは食えないこと」もしくは自律するのが極めて困難であることが証明されていることにもなる。どれだけ街や政府が支援したところで「それだけでは食えない」となるとそれは大きな問題だ。
クリエイターエコノミーとかよく言われてるけど、その立派な理念や理想は置いておいて、要は「クリエイターがそれだけで食えるようにすること」がポイントだ。
YouTubeはもちろんその一端を担ってるし、インスタや日本のnoteもそうだろう。ただ多くのクリエイターからこんな感想が漏れ出している。「これだけで食えるのはトップの数パーセントだけ」と。
確かに市場が飽和状態のYouTubeで今からどんなにいいビデオを作ったとしても見てもらうことは至難の業だろうし、ましてやチャネル登録数の確保はもっと難しい。どうしても富めるものがさらに富める仕組みになってしまう。
YouTubeなどのプラットフォームが視聴者に対してより人気のあるコンテンツをよく観てもらうアルゴリズムはどうしても必要で、その結果として上位の寡占状態ができてしまうのは避けようがない。
そんな状況から英語圏で満を持して登場したのがニュースレターになる。購読者のメールアドレスという資産をクリエイターが持つことで、プラットフォームのアルゴリズムに頼らない、直接の繋がりを構築することができるようになった。
この意味はデカい。クリエイターが仮にニュースレターのプラットフォームをSubstackからGhostに変えても顧客メールアドレスという大切な資産はそのまま活かすことができる。メールアドレスを使えばいつでも顧客に自分のコンテンツを直接届けることができる。間にプラットフォームが入って何かをすることが一切無い。
主権はプラットフォームからクリエイターに取り戻されたのだ。
さらにそこにサブスクという強力な課金システムが組み合わさることでさらにクリエイターが食えるようになってきた。
しかしそこまで洗練された仕組みがあったとしても、結局は最も大切な問題が解決されていなければまったく意味がない。それは顧客に何を提供するのか、という問題。
ニュースレターの仕組みはいい。じゃあ、その仕組みを使って、顧客や購読者に何を提供するか。もっと言えば「あなたは一体何を売るのか?」と。
アートという分野でニュースレターを使って何ができるとお考えだろう。アートとニュースレターは相性が良くないのでは、と考えるかもしれない。
いやいや、日本語圏の数年先は行ってる英語圏のニュースレターの世界に事例がない、なんてことはない。どんな分野であっても、必ずその分野で成功している人たちがいる。
そのポイントは「コンテンツを売らないこと。その代わりに●●を売ること」になる。
ということで今回はあるアート系ニュースレターを事例として取り上げた。これはアートに興味がある人も無い人にもかなり参考になる事例になっている。
今回とりあげるのはDrawTogether with WendyMac(ウェンディ・マックと一緒に描こう)。アーティストのウェンディ・マックが発行するニュースレター、ポッドキャスト、ビデオ&コミュニティ。テーマはアートでいかに上手く絵が描けて、かつ表現が可能になるのか、を毎回解説している。
2021年1月のインタビュー記事で有料会員数は約2000人と語っていた。そこからざっくり計算すると月額の売り上げは約12000ドル(約150万円)になる。1年前の話なので現在はもっと増えているかもしれない。
教える立場に居て、それを仕事にする人のイメージとして現役を引退した人ってのがあるかもしれない。例えばサッカーの元選手が現役を引退してコーチになるとか。もしそのイメージをWendy Mac さんにも持っていたら、それは違う。
彼女は今でもニュースレターの他にイラストやアートの仕事をバリバリこなす現役の人だ。私はアート素人だし、アートを語る資格は一切ないことは言っておく。しかし好きか、嫌いか、という単純な基準でWendy Mac さんのアートはステキだと思うし、好きだ。
全てDrawTogether with WendyMacより引用
月に6ドルで毎週届く有料ニュースレター、過去の有料コンテンツへのアクセス、コミュニティへの参加、ポッドキャストと解説ビデオの視聴ができる。Substackだけでなく、わりとどのニュースレターでもよくあるパターンに当てはめられている。
「ウェンディ・マックと一緒に描こう」の購読者ターゲットはハッキリしている。絵が上手くなりたい人たちだ。コンテンツをじっくり見ていくと、その絵を描くレベル感は素人にかなり近いことが分かる。
つまり美術系の大学を出ている人とか、現に今アートの仕事をしているような玄人がさらに腕を磨くような場所ではない。
「絵に興味はあるんだけど今まであんまりやってこなかった」というような素人の人たちだ。だからニュースレターの教材内容はかなり初歩的なことをしっかりと教えている。
そしてあんまり絵に興味がない人であったとしても読むとわりと興味深いコンテンツになっている。
当然ながら世の中に居る絵がめっちゃ上手い人の数は限られる。ほとんどの人はプロ級ではない。ならば「絵を教えて欲しい」という需要がもっとも膨らんでいるのはド素人レベルから1段階上に上がる部分だ。
「ウェンディ・マックと一緒に描こう」でも当然ながら、ターゲットはそこに絞っている。ニュースレターの題名を少し抜粋すると以下のようになる。
アート素人の私が見てもこれらの解説がかなり初歩的なのは分かる。そしてそこまで絵を描くことに興味の無い私であってもちょっと興味を持った。
それぐらい「ウェンディ・マックと一緒に描こう」の入り口が誰にでもはじめられそうなレベル設定がされているということだろう。
ここまで読んだだけだと、アートに詳しい人ほど「なんでこんなのに月に150万円もの売り上げができるの?」「絵の描き方なんて本やネットで調べてみればたくさんあるのに」とお考えかもしれない。確かにそうだろう。さらに元からアートのセンスがあったり、絵が上手い人になると余計に分からなくなるのかもしれない。「なんでこれがそんなに売れるの?」と。
しばらく「ウェンディ・マックと一緒に描こう」のコンテンツを眺めて、そこのチャットや掲示板で話されている内容からだんだん分かってきたのは、購読者が求めているのは必ずしも教材コンテンツではない、ということ。
例えばウェンディ・マックが影の描き方の説明をした後で、有料課金している購読者たちが影を使った絵を描いて投稿していたりする。そこでウェンディ・マックからも、他の同じように絵を勉強している人たちからもコメントが入る。
これは絵を勉強している人たちにとってたまらない体験になるだろう。絵を描きたい人は描きさえすれば満足ってもんじゃない。やっぱり描いた絵は誰かに見てもらいたいし、良かったとしても悪かったとしてもしっかり評論して欲しい。その評論するのがアートのプロであったり、自分と同じように絵が上手くなれるようにガンバっている人たちなら最高だ。
そういう体験が絵をかくモチベーションをさらに向上してくれるし、なにより絵を描くことをハッピーにしてくれる。これらの体験が「ウェンディ・マックと一緒に描こう」ではとても上手く設計されている。
日本で最も売れている人気メルマガのひとつに「堀江貴文のブログでは言えない話」がある。購読料は月に880円。内容と量ともに本当にすごいメルマガになっている。購読者数は15000人と言われており、それはすごい額を稼ぎ出すコンテンツになっている。
これほど多くの人がなぜ課金しているのか、というと突き詰めればホリエモンが繰り出すコンテンツの質と量が素晴らしいからだ。それは課金体系にも出ている。
もしあなたが過去のメルマガを1ヶ月分読みたいと思ったら、その該当月分のコンテンツ料として880円を払うことになる。
つまり非購読者が過去12ヶ月分のを読みたければ880 * 12 = 15600 円だ。
しかし「ウェンディ・マックと一緒に描こう」は違う。あなたがいつ、どの時点で課金を開始しても過去のコンテンツは全てが一気に閲覧可能になる。それはこの「ウェンディ・マックと一緒に描こう」が売っているのがコンテンツではなく体験だからだ。
新しく課金してもらったメンバーには「ウェンディ・マックと一緒に描こう」にある有料コンテンツを軸として、そこでの「絵を学ぶ素晴らしい体験」を得てもらうことが本願になる。そのためにはいちいち過去のコンテンツを出し惜しみしても意味がない。
その月その月が勝負のサブスク課金は継続的に顧客満足度を一定以上に高く保つ必要がある。満足度向上のために必要なのは、購読者が実際にペンや筆を手にして描くこと、またその描いた絵を投稿してコミュニティに参加することになる。過去のコンテンツはただそのためだけにあるのだ。
どれだけお金を払ったとしても、先月にあった過去の「絵を学ぶ素晴らしい体験」を買うことはできない。できるのはいつも今からはじまる「絵を学ぶ素晴らしい体験」だけだ。そしてその体験を続けたいと思う限り、サブスクの売り上げは続く。
著者のウェンディ・マックはアーティストだけあって、時々「はっ」と心に響くようなアートのエッセイを載せていたりする。例えば死期がせまったおばさんが病院のベットに寝ていて、ウェンディ・マックが看病しながら時折そのおばさんの絵を描いていた話。人によっては誰かと話したり、文章を書いたり、することが対話になる。でも対話はそれだけではなく、絵を描くことも十分対話になる。彼女は看病しながら病院でおばさんの絵を描くことを通しておばさんの人生や死生観と対話していた、と。
ほとんど絵に興味の無い私ではあったが、このエッセイを読んだ時には「ちょっと描いてみようかな」とすら思った。
私でもそう思うぐらいだから、ニュースレターを購読して絵の勉強をしている人たちはもっと絵に対するモチベーションが上がっただろう。「ウェンディ・マックと一緒に描こう」にあるコンテンツは全体的にそうした絵を描く、というモチベーションを上げてくれるようにデザインされている。
アートに詳しい人が「ウェンディ・マックと一緒に描こう」コンテンツを見れば、それだけならばカンタンにコピーや類似品の生成が可能だろう。要はプロの人が教える絵の描き方だから、だ。
しかしここまで上手く設計された体験はなかなかコピーできない。これはデジタルコンテンツビジネスの弱点をみごとに克服している。
もしニュースレターをコンテンツビジネスとだけ捉えていたらそれはこのメディアの片側だけを見ていることになる。あなたが本格的にニュースレターへの進出を考えているのなら、やはり体験をどう作り出すのかに注力するのもひとつだろう。
以上が今回の分析でした。
このニュースレターでは常時みなさんからのご意見とご質問を募集しています。なにかあればぜひください。
はじめまして。ツイッターでこのニュースレターを知り、とても興味深く、面白く読ませていただいています。10年以上前にブログをはじめたときのような、やってみたい気持ちも湧いてきています。
そこで質問です。私は海外のニュースレター事情にあまり詳しくないのですが、ミュージシャンや芸術家のニュースレターの活用法などはご存知だったりしますでしょうか。 自分自身はフリーランスの、ライターやマーケターの端くれのようなものなのですが、美大出身なので、面白い活動をしているけどマネタイズに課題を感じているような知人がちらほらいます。そして、個人的にはアーティストを応援したい気持ちも持っています。
もし事例があれば、今後ご紹介いただけたら嬉しいです。
いいご質問とご提案ありがとうございます。今回、ご提案のようにアート系のニュースレターを分析しました。
これはアートや絵そのものをコンテンツにするのではなく「絵の描き方を教える」というコンテンツを軸に「体験の販売」にしたモデルでした。あくまで例なので、他にもいろいろとやり方が無限にあると思ってます。
創造性を強みとしてもつアーティストの方達なら、きっといろいろと突破口を見つけるのでは、と思っています。
実際に今回「ウェンディ・マックと一緒に描こう」の内容をずっと見ていて、サラっと見ただけではただのニュースレターだったのが、詳しく見ていくとかなりクリエイティブな思考と活動の結果のニュースレターだなと感じました。
みなさんからのご質問を募集しています。このメールに返信でもいいですし、コメント欄にご記入いただいてもいいです。
週1のペースで英語のニュースレターを読み込んで分析して、その結果をレポートするのわりとキツいです。「やめたろか」と100万回ぐらい思ってます。でもみなさんからのフィードバックがあれば、また励みになります。ぜひなんでもください。
マシュマロもやってます。匿名でいくらでもご質問可能です。ぜひ質問とご意見ください。
今回で6回目になる。その間にありとあらゆる英語のニュースレターを読みまくって調査した。その結果として今、読んでいただいているこの記事がある。
あなたがクリエイターでニュースレターの発行を考えているのなら、この「1万ドル以上を稼ぐ個人サブスクメディアを徹底的に分析したらこうなった」は必ず購読しておくべきだと断言できる。なぜなら考えられる限りのありとあらゆるニュースレターのノウハウが詰め込まれているからだ。
なのであなたがもし少しでも「ニュースレターやってみるかな?」となったらぜひ購読してください。必ずその参考になるはず。
ではまた次回にお会いしましょう。まだ未購読の方は次回のニュースレターで会うために購読が必要ですよ!